なぜ我慢するのか

千葉市内でのCOVID-19のPCR検査陽性者増加を受けて

年初から続く新型コロナウイルス感染症の騒動で長引く自粛要請に、皆さんも身体的にも精神的にも消耗を強いられていることと思います。

今回の騒動で普段何の気無しに享受していた「自由」というものについて、僕自身、そのありがたさと大切さ、それが貴重なものであるという事実を、それが制限されて初めて気付かされている毎日です。

さて、3月末ごろから都内で感染者が激増しつつあるのは周知のことで、そのエリアも次第に拡大しつつある印象です。

千葉市内においては1月31日に1名感染者が発生して以降、3月末まで感染者は発生しておりませんでしたが、3月27日以降ポツポツとPCR検査陽性者が確認されはじめ、4月3日に3名、4日に2名とここ数日は複数のPCR陽性者の確認が続いています。

陽性者の行動履歴も、4月1日までの陽性者は都内勤務など東京都での行動のあった方だったものが、この数日はそれと関係のない、つまり市内での感染が示唆されるものとなっており、市内での感染拡大がもう目の前まで来ていることを予見させます。

そこで、ここで改めて、僕たちがすべき事を確認しておきたいと思い、久々にブログを更新します。

すべきことは「自由」の制限=我慢

すべき事はごく単純な事です。大きくくくれば自粛という名の自発的な「自由」の制限、つまり我慢です。それは僕がここで発信するまでもなく行政もマスコミも皆が伝えている事です。ですが何ら制限される事なく自由を謳歌してきた僕らにとって、それはとても苦しく、ただ「我慢しろ」と言われてもなかなか言う通りにできないことも事実です。僕らがそれでも我慢するためには、我慢する理由が必要だと思うのです。

それを現状を踏まえ、僕なりに解釈して解説してみたいと思います。

これはあくまで僕の現時点での見解です。間違っている事はご指摘いただきたいですし、今後の情勢によってはこの見解と異なった事態に進展する可能性もあります。その点につきましてはご容赦ください。

まず、我慢するために知っておきたい事は、集約するとこの3点かと思います。

  • なぜ我慢するのか
  • 何をどこまで我慢するのか
  • いつまで我慢するのか

日々診療している中で感じているのは、医療者と患者さんたちとの間の認識のズレです。

これがズレることで患者さんたちが医療に求めるものと、僕たちが提供する医療の間に差が出てきてしまっています。

それを個別に説明するほど外来診療に時間的余裕がない事に忸怩たる思いはありますが、今回の投稿でこれを少しでも埋められればと思います。

本日は「なぜ我慢するのか」について書きます。

なぜ我慢するのか

なぜ外出自粛しないといけないのか

一番大きな我慢、それは外出自粛です。

なぜ外出を自粛しなければならないのでしょうか。

そう質問すると多くの人がこう答えます。

「自分自身が感染しないため」

でも、この認識は間違っています。

正解はこうです。

「自分が誰かに感染させないため」

そう言うと「自分は感染していない!」と思われる人が大半でしょう。

ですが、あなたが絶対に新型コロナウイルスに感染していないと、100%言い切れますか?

誤解を恐れず言うのであれば、僕自身は僕が100%感染していないとは言い切れません。

ここ1ヶ月誰とも接触せず、隔絶された仙人のような人ならばそう強弁していいと思いますが、実際そんな人はほとんどいないでしょう。

COVID-19は人間の社会性を利用している

僕たち人間は社会性を持った生き物で、基本的には社会の中で生きています。人間に感染し伝播するウイルスはその社会性を利用して増殖していると言っても過言ではありません。新型コロナウイルスもこの人間の社会性を利用し伝播しています。

新型コロナウイルス感染症の困った問題の一つは「無症状感染者」の存在です。

京都大学などの研究チームの報告によれば、無症状感染者は2割弱存在することが示唆されています。またこれら無症状感染者にも感染力があることも中国の報告により示唆されています。

これは無症状、つまり元気だから感染していない、だから誰にも伝染させない、という論法がこの感染症には通じないことを示しています。

症状が出ていないあなたも新型コロナウイルスを持っているかもしれないという認識を持って行動することが求められるのです。

名古屋で感染が判明していながら外出し感染を拡大させた事例がありました。しかしこのような事例はむしろ特別で、ほとんどの市中感染は感染が判明していない人が判明するまでの間に無自覚に誰かに感染させているのです。

誰が感染しているかわからない現状で、自分だけは感染していないという認識は危険です。

ゆえに、なぜ外出自粛をするのかと問われた際の答えは「自分が誰かに感染させないため」となります。

PCR検査を幅広く実施するべきではない

それでは自分が感染しているか調べればいいじゃないか、と考えられる方もいると思います。

実際マスコミでもそのような論調が見受けられますが、これも現時点では我慢してもらいたい事の一つです。

理由は以下の3点です。

検査による感染の伝播の恐れ

まず日本においては、現在検査ができるのは医療機関や保健所などの公的機関のみになります。そこで検査希望者の求めに全て応じる形で検査を実施すると、医療機関に過剰な負荷が生じます。生活習慣病を持った高齢者が多く来院している内科診療所に検査を希望し来院された人も混ざり混雑する待合、そこにもしも感染者がいたら、、、クラスターの発生母地になってしまいます。

最近になり芸能人や著名人の感染が明らかとなり、その方々が、なかなか検査してもらえなかったと発信されていますが、それはその方の症状が軽微であり、外出自粛さえしていただければ問題がなかったためです。

そもそも検査で陽性となったとしても、外出自粛をしていれば、生活に何ら変わることはありません。

むしろ検査を希望され、何度も外来に来院されることで、他の人に感染を拡大させるリスクの方が多くなります。

外国ではドライブスルー検査などで数多くの検査がなされているようですが、テレビで見ていると、一回ごとにガウンや手袋を変えることなく実施しています。これでは自分より先に検査を受けた人がもしも新型コロナウイルスの感染者だとすると、そのウイルスが付着した手袋やガウンが自分に接触してくるわけで、自分に感染のリスクが舞い降りてきます。

手袋やガウンを毎回変えればそのリスクは軽減できますが、毎回変えられるだけの資源は現状を考えるとないと思います。

PCR検査の不完全さ

検査すべきでない理由の2番目はPCR検査の不完全さです。

PCR検査は鼻腔あるいは咽頭を擦過してして得た「拭い液」を用いて検査を行います。

鼻や喉の奥に長い綿棒を突っ込みグリグリするだけの簡単な検査ですが、簡単なゆえに採取にばらつきが生じるため正確性に難があります。

検査の正確性を測る尺度に「感度」と「特異度」というものがあります。「感度」は陽性の人を陽性と判断できる確率、「特異度」は陰性の人を陰性と判断できる確率を言います。

新型コロナウイルスのPCR検査の場合、正確な数値はまだ明らかとなってはいませんが、感度は30-70%、特異度は99%以上と言われています。

感度がもしも30%だとすると、新型コロナウイルスの感染者とすでに診断されている人を10人連れてきて検査を実施しても、そのうち3人しか陽性と判定されず、残りの7人は陰性と判定されるということです。この正確性ではPCR検査が陰性だったとしても「あなたは新型コロナウイルスに感染していません」とは口が裂けても言えません。

また特異度99%とは感染していない人100人に検査をすると1人新型コロナウイルスに感染していると誤診されることを意味しています。これは陰性の人をたくさん含む検査で大きな問題となります。

例えば僕の住む千葉市98万人に全員PCR検査を実施するとします。現時点で3000人(適当な数値です)新型コロナウイルスに感染している人がいると仮定し、検査の感度は最も良く見積もって70%、特異度は99%として検査を行うとします。

この条件で検査を行うと、PCR検査の陽性者は11870人出ることになります。

ですが、この陽性者が全て新型コロナウイルスに感染しているわけではありません。前提条件で3000人と設定しているわけですから、それよりも多くの人を拾い上げてしまっています。

内訳はこうです。

3000人の新型コロナウイルス感染者のうち陽性と判断される人は2100人、逆に感染しているのに陰性の人は900人。

一方で感染していない人のうち誤診で陽性と判断される人は97万7千人のうちの1%ですから9770人も出てしまいます。この誤診された9770人と前述の本物である2100人を合計して11870人が陽性者となります。

つまりこの条件で100万人余りの検査を実施すると、PCR検査で陽性と判断された人のうちの8割強は新型コロナウイルスに感染していない人、つまり誤診です。

多くの無症状の人にPCR検査を実施し結果が陽性でも「あなたは新型コロナウイルスに感染しています」とは言えないのです。

そしてもっと大切なのは3000人のうちの陰性と判断された900人です。

この人たちは陰性と判断されましたから、「私は検査の結果コロナではないと診断された」という免罪符を持つことになります。2割弱が無症候感染者ですので、180人程が何の症状もなく外出し誰かに感染させるでしょう。感冒症状があっても新型コロナの検査は陰性だったのですから外出することに抵抗はないでしょう。

つまり現行の検査を大多数の無症状者に実施することは、感染者の一部に陰性の免罪符を与え感染拡大のリスクを増加させてしまうばかりか、本来感染者ではない人を感染者と誤診しその人の人権を著しく侵害してしまう可能性までも内包しているのです。

陽性者が多数確認された時の受け入れ体制の不十分さ

3点目は今後改善される見込みがありますが、現在の医療側の受け入れ体制です。

国は1月28日に新型コロナウイルス感染症を「指定感染症」に指定しました。これは「感染症法」を根拠とし、この指定により新型コロナウイルスに感染した人は現在感染拡大防止の観点から症状の有無を問わず入院の措置が取られています。

しかし、新型コロナウイルス感染症の感染者が入院できるベッドは千葉県内では4月5日の時点では247床しかなく、検査を拡大し多数の無症状陽性者が発見された場合、すぐに満床になってしまいます。千葉県はこれを850床まで拡大することを目標にしていますが、これは無症状陽性者のためのベッドではなく命の危機に瀕した重症患者さんのためのベッドです。

国は今後無症状陽性者は自宅療養、あるいは宿泊施設の手配を進めるようですので、それが進めばこの問題は解消されますが、それでも前述の陽性と誤診される人を隔離してしまう問題を考えると、受け入れ体制が整っていたとしても症状が軽微な人たちに検査を実施するのは望ましいとは考えられません。

自分が感染していないとは誰も言えないから、我慢する

外来診療をしていると、会社に「新型コロナウイルス感染症ではない」という診断書をもらってこいと指示されたので来ました、という感冒症状の方がいらっしゃることもあります。

無症状でも新型コロナウイルス感染症の方はいらっしゃるので、症状がないからといって感染者ではないとは言い切れません。では検査を、となりますが、それも上述の理由で検査をする意味が乏しいのです。そのためいかなる人にも「あなたは新型コロナウイルスに感染していない」という免罪符は出せないのです。

ですから、2月に「感冒症状がある人は自宅安静」という行動指針が出され、感染拡大が懸念される現在においては「全ての人に不要不急の外出自粛」が要請されているのです。

誰もが自分自身が新型コロナウイルス感染症に罹患しているかわからない現状においては、感染の有無によらず自分がウイルスを持っていると仮定して生活していくことが必要なのです。

そのため、僕たちは「我慢」する必要があるのです。

気づかないうちに誰かの自由や命を奪わないために。

皆さんも外出自粛、ご協力ください。