患者さんが風邪で抗生剤を欲しがる理由

2019年1月8日

町医者の立場で患者さんが風邪で抗生剤を欲しがる理由を考えてみました。

最近ニュースで風邪に抗生剤を処方してほしいと考えている人が3割いるということが報じられました。
風邪の場合その原因はほとんどウイルスであり、抗生剤は効果がありません。
そればかりか、内服すれば当然一定確率で副作用のリスクがあるため、効果はないけど副作用が出た、などということも起こり得るのです。

ですので風邪に抗生剤を処方することは基本的にはありません。
でも患者さんの3割がこの効果のない抗生剤を希望するそうです。
それはなぜでしょうか。

これは僕の勝手な想像ですが、我々町医者がこれまで風邪に抗生剤を処方してきて、それを処方された患者さんが治ってきたからではないかと思います。
町医者はちょっと前まで気楽に抗生剤を処方してきました。そして患者さんはそれを内服し風邪は治ってきたのです。

抗生剤を内服して風邪が治った。抗生剤が風邪を治したとは言っていません。

実は風邪は勝手に免疫力で治っていたのですが、その時抗生剤を内服していたので、患者さんには抗生剤が効いたように見えてしまったのです。
そうした成功体験が「抗生剤で風邪が速やかに治る」という神話ともいうべき現在の感覚を患者さんに植え込んでしまったのではないでしょうか。
もちろん、それ以外にも重篤な細菌感染症で抗生剤が見せる切れ味などもこの神話の一助になっていると思います。 

風邪に抗生剤は効果ないというのは医師の間では常識で、処方しないことが普通になっています。(知識がアップデートされていない先生は未だに多く抗生剤を処方していますが・・・)
ですがその常識は今回の数字からするとまだ患者さんには浸透していません。

抗生剤が万能かと思わせるような神話を作り上げてしまった責任は、われわれ町医者にあり、その神話を正すチャンスもわれわれ町医者が最も多く持っています。
風邪と診断した際には抗生剤を出さないのは当然として、何も言わず処方しないですますのではなく、風邪の患者さん全員にきちんと出さない理由も説明して啓蒙する。今町医者が風邪の患者さんを診療するときにはここまでやる必要があるのではないかと思っています。

というのも、実際医師に抗生剤を処方して欲しいと依頼してくる患者さんは極々少数だからです。
でも抗生剤を欲しいと思っている人は3割もいます。
それはつまり、何も言わずに帰った患者さんの中に本当は抗生剤を処方して欲しかった人が一定数含まれていることを示しています。

「抗生剤下さい」と依頼されれば不要の理由をきちんと説明できますが、医者も風邪とだけ説明して抗生剤を出さず、患者さんも抗生剤を本当は希望していたにも関わらず何も言わずに診察室を出てしまった場合、意見のすり合わせができずに診療が終わってしまいます。
これでは抗生剤が出なかったことで不満が残ります。
ひょっとしたら抗生剤を出してくれる他院に駆け込んでしまうかもしれません。
そうじゃなくても意に沿わない処方がされたということでプラセボの力が引き出せず、治癒に時間を要してしまい、やっぱり抗生剤がないと治りが遅いなどという誤解を助長させてしまうかもしれないのです。

われわれ医療者は日常診療を行う上で、自分の持っている知識や常識を患者さんは共有していないという前提で診療を行うように心掛ける必要があります。

風邪に抗生剤は効かない。

この常識も患者さんとはまだ共有しきれていないということを肝に命じて日々診療していこうと思います。