盲目的に抗体検査をやるべきか

SBGの孫正義会長のツイートを見て、、、

昨日ソフトバンクグループの孫正義会長がこんなツイートをしているのを拝見しました。

その手法がちょっとグレーでしたし、それを見た他の経営者の方が同じようなことをもっと強い指示で行なってもらっては困るなと感じ、このようなリツイートをしました。

これについてたくさんのいいねやリツイートをいただき、また厳しい意見もいただきましたので、twitterの字数では書ききれない思いと、ご意見に対する僕なりの回答を用意してみました。

自粛ですっごく暇なら読んでみてください。

孫会長は違法行為をしていません

まず最初に。

孫会長は当然まだ法律を犯していませんし、当該ツイートでも医師法に抵触するような内容を形式上は呟いていません。

孫会長は抗体検査のキットを「提供する」と書きました。社員に実施させるとは書かなかったのです。

抗体検査の実施を指示することを医業とすれば(これが医業かは後述します)、孫会長が全社員に向けて抗体検査実施を指示したとすれば、これは医師以外のものが医業を行うことを禁ずる医師法13条の明白な違反となります。

ですが、実施を指示せず提供するだけ、提供されたキットを使用するかどうかは社員個々人の判断に任せるというのであれば、これは医師法に抵触しません。(抗体検査そのものの合法性については別)

それでも僕がグレーだなと思ったのは、社員とその家族全員にキットを提供すると書かれていたことです。

グループの会長からキットが提供され、「全員に配るから抗体検査をやってみてね」と勧奨される。ここに検査実施の指示に近しい圧力はないのでしょうか。

もし、検査を実施したら結果を会社に報告するようになどという指示が出るのであれば、それは結果を報告しない事による不利益を想起します。

会社としてはその結果による配置転換などを検討したいでしょう。

検査を実施せず結果がわからない社員についてはその構想から外れ、本人の意思にそぐわない配置転換を強いられるかもしれない。

そう考えて本当は実施したくない検査をやらざるを得ないと判断する人もいるかもしれません。

孫会長があくまで「提供する」としているのは、当然コンプライアンスを意識しての発言だと思いますが、もしもその提供されたものを実施するかどうか判断するにあたり、会社からの勧奨に指示に近しい強制力が伴えば、やはり医師法13条に抵触すると思うのです。

全社員と家族に抗体検査をすべきでない3つのこと

次に、僕がこの施策について疑問に思うことというか、このスタンスでやるべきではないと思う理由をつらつらと書いてみます。

この検査キットを提供する目的は?

まず第一に、これを提供する目的は何なのか。

このキットを200万人の人に提供して、得られるものは何なのか。

抗体検査とは

抗体検査とはざっくり簡単に言えば、ウイルスという敵に侵入された体がそれと戦うために作った抗体という兵隊がいるかどうかを判定する検査です。(実際はIgM抗体とかIgG抗体とか複雑です)

この抗体は敵に侵入されてから作られるものなので、つまり抗体検査で陽性ということは、すでに感染したことがある、ということになります。現在のCOVID-19の抗体検査では現在の感染をタイムリーに判定することは難しいと考えられていて、ここでの陽性はだいぶ時間が経った後の過去の感染を示唆します。

「抗体ができるとその病気に罹患しなくなる」

というイメージを持っている人が多いと思います。麻疹や風疹、おたふく風邪などは終生免疫といって一度罹患するとほぼ一生抗体が残ってそのウイルスに対する免疫力が持続しますので、そのイメージを持っている人はそれらの疾患のイメージがあるのだと思います。

COVID-19の抗体検査

ではCOVID-19の場合はどうかというと、これは「今の所わからない」というのが現状です。

免疫がついてもう2度と罹患しなくなるかもしれません。ですが、おそらくその可能性はあまり高くなく、どちらかというと過去に感染したとしても今後何度も感染し得るインフルエンザのような疾患になると言われています。

また、この抗体が有効な抗体なのかもまだわかっていません。

そして、この抗体が有効だとしても、この抗体検査では抗体価まで測定できません。

抗体価とは抗体の量です。つまり兵隊の数です。

そのウイルスに対抗できる兵隊がいたとしても少数しかいなければ多勢に無勢で感染を抑えることができません。

迅速の抗体検査キットはその量の概念を無視して「いるか」「いないか」だけを判定する検査なのです。

さらに付け加えれば、この抗体検査キットの正確性に関してもまだ未知数です。すでに日本で販売されている各種キットでもものすごく優秀な成績を収めているものはありません。

検査の結果個人が得られる物は・・・

今回孫会長が用意するキットはこの国内販売のものなのでしょうか。おそらく違うと思いますが。。。そうだとすると、その検査が正確かどうかすら判断できる材料がありません。

つまりこの抗体検査キットを200万人の人に配布しても、検査を実施した個人にとっては、

陽性の人は「自分が過去に感染してたかもしれない」

陰性の人は「自分はまだ感染していないかもしれない」

という不確かな情報だけが得られるだけとなります。

そして陽性だったからといって、今後感染しないという免罪符でも何でもないのです。

「検査をして社員に安心してもらう」のが目的なら、得られる結果が安心に足るものなのかもう一度検討した方が良いと思います。

検査した集団としてなら得られるものはあるが・・・

一方、キットを提供した人から結果を聴取すればビッグデータとして得られるものがある、という意見がありました。

これはその通りだと思います。サーベイランスと言って、感染症がどの程度蔓延しているかを調べる際に行政や研究機関が無作為に選んだ被験者に抗体検査を実施する手法があり、現在各国で実施されています。

200万人分のデータは魅力的です。

ですが、これを目的としたとしてもソフトバンクグループが自社の社員全員に実施させるのはやはり不適当です。

理由は何個かありますが、最大の理由はプライバシーの最たるものである病気の有無という情報の収集を、明確な目的なく雇用者側がやるべきではないからです。

これを目的とするならば、そのような研究プランを立ち上げ、研究倫理を守り、被験者の同意を取りながらやるべきです。当然不参加による社会的な不利益が生じないということも同意内容に織り込んで。

検査は手段であり、手段を行使するなら明確な目標を

抗体検査は手段であり、その手段を用いて得られる目的があってしかるべきなのですが、現在のスタンス「とりあえず渡しちゃえ」的なやり方だと目的が見えません。

これでは個人としても検査実施者全体としても得られるものがない気がします。

誰の指示で検査を実施するのか?

やるべきではない理由、二番目は指示の所在です。

孫会長が提供し、積極的な勧奨はしなかったとして、では誰の指示で検査を実施するのか。

COVID-19の抗体検査キットは現在は「研究用」

孫会長が発注したキットが国内で認証を得ているか承知しませんが、得ているとすれば、国内で発売されている全てのキットが現時点では研究用に限定されて販売されています。

これらは研究機関や医療機関向けに販売されており、文字通り研究用ですので、医療者の指示と被験者の研究参画への同意なしには検査ができません。

検体採取は「医業」ではないが・・・

自身による血液採取は「医業」ではないとのツッコミをいただきましたが、それはあくまで血液採取だけに限られたことであり、検査の指示や結果の解釈などは「医業」の範疇です。

血液検体を指から採取し郵送で健診医療機関に送る「郵送検診」は一見医師が介在していないように見えますが、そこにはその後の結果判定に医師が介在しており(結果の紙に医師の名前があるはずです)、その医師の指示のもと検査を実施したということになっています。

COVID-19の抗体検査は少量の血液を自身で採取することは確かに「医業」ではないかもしれませんが、現時点ではその結果をもとにどのように解釈するかは医師の判定が必要な検査です。

体外診断用医薬品と一般検査薬

同じように医師の判定が必要な検査にはインフルエンザの迅速検査や溶連菌の迅速検査などがあります。これらを体外診断用医薬品と言います。COVID-19の抗体検査はまだ研究用で体外診断用ではありませんが、一般に認可されればこの部類に入るはずです。

それに対し、自宅で検体採取から結果判定まで自分で行えるものに尿検査試薬や妊娠検査薬などがありこれらは一般検査薬と言われています。

現在この一般検査薬の規制緩和を検討中であり、今後は体外診断用医薬品も徐々に一般検査薬に移行して行くでしょうが、現時点では少量の血液採取を必要とする検査は一般検査薬として認められていません。つまりCOVID-19の抗体検査は自身で判断してはいけないのです。

体外診断用医薬品と一般検査薬については下記リンクがわかりやすいので参照してみてください。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/iryou/20200213/200213iryou02.pdf

それでも検査するなら?産業医?健診のオプション?

じゃあ職場の産業医がやればいいじゃないか。というご意見も複数いただきました。

実はこれも困難です。というのも産業医についてはその職権に医療行為が含まれません。

産業医は労働安全衛生法という職場の労働安全の法律に規定されている役職です。

医師が配置されますが、その主な仕事は職場の労働環境の監視と従業員の健康管理です。

なので、医療行為はその職務になく、つまり検査を指示することはできません。産業医が健診結果で呼び出して薬もくれずに「内科に行け」と指示するのはこのためです。

ちなみに産業医は各事業所ごとに配置されてます。配置の義務は50人以上の事業所であり、ソフトバンクの支店などには一般的には産業医配置はありません。

じゃあ、健診のオプションなら、というご意見については、これは可能性はあると思います。

健診の結果判定に医師が介在しますので、実施に関してはこれは現実的です。

ただ、如何せん現在は研究目的のみでの販売ですので、健診で研究をしますという無理筋を通せばできるかもしれません。

これが体外診断用医薬品として認可されれば、より現実味が増します。

あと、医師を雇えば良いというのも、その通り。

雇った医師に研究のプロトコルを組ませ、全社員の同意を得れば検査実施できます。

ですが、これらを実施されてしまうと、個人的には三番目の懸念につながります。

そもそもキットが国内で認可されたものなのか・・・

以上、これらは国内ですでに研究用として認可されている抗体検査の話です。

輸入されまだ認可されていない検査キットだったら、ひょっとしたら何でもありなのかもしれません。

だって何の障壁もないもの。

ただ、その判定も果たして正しいのかどうなのか。何も保証するものがありませんが。

医療リソースを圧迫しないか?

三番目のやるべきではない理由。

医療リソースへの圧迫です。

抗体検査を実施したとして、その結果が陰性であれ、陽性であれ、適切に解釈できるでしょうか。

陽性でも陰性でも行動は変わらないんだから、検査してもいいじゃんという意見がありましたが、僕は全ての人の行動が変わらないとは思えません。

「陽性でも陰性でも行動が変わらない」という結果は、意見をおっしゃった方の理解度の深い知識がベースになって生み出されているものです。

それが全ての人に当てはまるはずがありません。

結果を自身で解釈できない人は、その結果の解釈を求めて保健所に電話連絡したり、医療機関を受診したりするでしょう。

それにより本来使用されないで済んだ医療リソースを使用することになるのです。

まとめ

以上、僕が全社員とその家族に抗体検査を提供するべきではないと考える理由でした。

これは僕の見解であり、相反する意見はあると思います。

そのような意見もあると承知した上で、日常を開業医として診療に当たる身として考えたことを書きました。

僕は抗体検査を全否定しているつもりはありません。

行政や研究機関がサーベイランスとして実施するならばどんどん実施すれば良いし、正確性が担保され、また検出している抗体の疾病予防に対する有効性が検証され、体外診断用医薬品として販売されるなら自院でも導入していきたいと思っています。

でも抗体検査の正確性が未だ担保されていない今、社員とその家族全てに、何の目的もなくキットを提供することの無意味さと、その結果起こりうる医療リソースの侵食を心配しています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

余談

あ、ちなみに僕は10年以上ソフトバンクユーザーです。

ソフトバンクに何ら他意はございません。

以下、それ以外のご意見です。

・どんなものでも人の命が助かればそれでいい

抗体検査をたくさん実施することで人の命は助かるのか、検証が必要ですが、現在のところあまり有力な仮説ではないように思います。

・どうやったらできるか知恵を出せ。

僕たちは医師法と療養担当規則に縛られた保険医ですので、法律を超えることはできません。

自衛隊の皆さんにどうやったら先制攻撃できるか知恵を出せって言っているようなものです。

あしからず。