ワクチン接種は努力義務だが、、、

2019年1月8日

ワクチンについて。
ツイッターなどではワクチン推進派と反ワクチン派の論争がずっと続いているようです。

基本的に、医師はワクチン推進派です。
たまに「ワクチンは不要!毒!」と言う医師もいないではないのですが、彼らは非主流派です。

僕も当然ワクチンを推奨する側の医師の一人で、それについてのツイートもこれまで何度かしてきました。

そんな中、下記のようなリツイートを頂きました。
どうやら数日のうちに削除されてしまったようで、今は確認できないのですが、じっくり返信しようと思ってコピーを取っておいてありました。

長嶋さんの優しさも分かるけど、病気を理解したうえで自然に生きたいという願いもある。それは誰にも強制されるもんじゃない。

本当はツイッターで返信しようと思っていましたが、誰だったかもわからなくなってしまったので、今日はこれについてこの場で返信をしてみて、ワクチンについて少し考えてみようと思います。 

まず、ワクチンは強制されるものではないのか。
これについてはもちろん「YES」です。
誰にも強制されるものではありません。
厚生労働省はワクチン接種を努力義務と規定しています。義務ではありません。
つまり、可能な限り接種してくださいねと勧奨しているわけです。

ですので、病気を理解した上で接種されないと判断されるならば、その判断は尊重されます。
誰もその人を羽交い締めにしたりしてワクチンを打ったりしません。

ただ一方で、予防接種法により規定されている努力義務でワクチン接種勧奨される疾病(A類疾病)は集団予防が大切だとも言われています。
つまり、個々人がワクチンを打って自分の身を守るのではなく、そこにいる集団のみんながワクチンを打つことで、より強い集団を守る力を持たせるという考え方です。
これを集団予防効果と言いますが、アメリカでの研究によれば、その集団の92~95%がワクチンを接種するとこの集団予防効果が発揮されると言われています。

つまり、ワクチン接種をするもしないも個人の判断が尊重されますが、大多数の人がワクチンを打つという選択をしてくれないとワクチンのメリットが享受できないのです。

そのため僕たち医師はワクチン接種を積極的に勧奨します。
打たない選択をするのは個人の自由なのですが、多くの人にその選択をされてしまうと困るのです。
別に医師は困りません。
困るのは将来のその世代の子供たちです。
集団予防効果が発揮されない集団となってしまい、感染症蔓延のリスクを抱えてしまうからです。

そのリスクを将来抱えないために、打たないと選択された方を含めた全ての子供たちがそのメリットを享受できるようにするために、僕は僕なりにお父さんお母さんに説明を果たし、前向きな気持ちでワクチンを接種してもらえるように努めていきたいなと思っています。